大判例

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最高裁判所第二小法廷 平成5年(行ツ)125号 判決

東京都中央区日本橋小網町一九番五号

上告人

丸紅建設機械販売株式会社

右代表者代表取締役

尾地和男

同 千代田区神田駿河台四丁目二番地八

上告人

高砂熱学工業株式会社

右代表者代表取締役

石井勝

同 千代田区大手町一丁目七番二号

上告人

株式会社東京ライニング

右代表者代表取締役

金井邦助

横浜市中区山下町七三 山下ポートハイツ九〇四号

東洋ライニング株式会社破産管財人

上告人

田子璋

同所

松田信一破産管財人

上告人

田子璋

右五名訴訟代理人弁護士

石川幸吉

同 弁理士

佐々木功

横浜市南区通町二丁目四四番地

被上告人

高田設備株式会社

右代表者代表取締役

高田正雄

右訴訟代理人弁理士

八鍬昇

右当事者間の東京高等裁判所平成二年(行ケ)第二八六号審決取消請求事件について、同裁判所が平成五年四月八日言い渡した判決に対し、上告人らから全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人石川幸吉、同佐々木功の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。右違法のあることを前提とする所論違憲の主張は、その前提を欠く。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に基づいて原判決の法令違背をいうものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 河合伸一 裁判官 中島敏次郎 裁判官 大西勝也 裁判官 根岸重治)

(平成五年(行ツ)第一二五号 上告人 丸紅建設機械販売株式会社 外四名)

上告代理人石川幸吉、同佐々木功の上告理由

第一.原判決は、当事者の主張せざる事項につき、証拠に基づかずに認定された事実に基づいてなされたもので民事訴訟法第一八五条、第一八六条に違反の違法があり、更に同法第三九五条一項六号に該当するものである。

一.即ち、原判決は、

1.甲第五号証の「水道管や各種パイプラインでは、長時間使用すると内部に水垢や夾雑物が堆積したり、錆がたまったりするので内部を研掃する必要がある。これらの管が内面塗装管の場合は、研掃により塗膜も除去されるので、研掃後に内面塗装を施さなければならない。このような管は埋設されていたり、固定されているし、また、非常に長尺で曲管部も含まれているので、本発明の方法を適用することによって顕著な効果を上げることができる。」(一頁右欄本文一二行ないし二〇行)の記載(原判決7丁裏8丁表)(以下研掃記載という。)から、本件発明の構成(1)「設置されている老朽化したパイプを取りはずすことなくしてそ生するパイプのそ生方法であって」(原判決3丁表)の構成を認定し、

2.右研掃記載のほか、同じく甲第五号証の「近時、水道管、パイプライン等の内部を研掃するのに、窒素ガスで付勢された研磨剤によって管内を研掃する工法が開発されたが、この工法で内部を研掃された管の内面に塗装を施すのであれば窒素ガス源(液体窒素)がすでに用意されているので、本発明の方法をきわめて容易に、しかも好結果の得られる状態で実施できる。」(二頁右上欄一五行ないし左下欄一行)の記載(原判決8丁裏)(以下窒素ガス記載という。)、「第1図は本発明の原理を示す図である。内面塗装すべき管1内に支管2からガスを供給し、管1内に旋回しつつ進行(図においては右から左へ)する旋回ガス流を生ぜしある。塗料は支管2より下流側にある支管3から管1内に供給され、この旋回ガス流に乗って管1の内面に吹きつけられ内面を塗装するのである。」(二頁左上欄二行ないし八行)の記載(原判決8丁裏9丁表)(以下原理記載という。)から、本件発明の構成(2)「旋回運動しながら送出されかつ砂を含む圧縮気体をパイプの一端に供給してパイプ内を通過させ掃除する段階と」(原判決3丁表)の構成を認定し、

3.甲第七号証の「予熱管の内部に粉体塗料を通過させて内面を被覆する方法」及びこれについて類似方法として引用された甲第一〇号証の「使用する粉末塗料組成物の樹脂の一つとしてのエポキシ樹脂の記載」(以下エポキシ樹脂記載という。)「それらに添加吸収せしめるものとしての硬化剤の記載」(以下硬化剤記載という。)、更に甲第八号証の「ジエットノズルを備えたスクレーパによる埋設上水用配水管の洗浄、素地調整、乾燥、ライニングの各工程から構成される配水管の補修工法」における「混合によるライニングの記載と二液性樹脂塗料の主剤と硬化剤を別送し噴霧時における強制攪拌の記載」(以下噴霧時攪拌記載という。)から、本件発明における主剤と硬化剤を混合したエポキシ樹脂塗料と甲第五号証の発明における塗料とが同一であると認定し、

4.本件発明の構成(3)〈1〉「旋回運動をしながら送出されかつ主剤と硬化剤を混合したエポキシ樹脂塗料を含む圧縮気体をパイプの一端に供給して通過させパイプの内面に塗膜する段階を包含し」(原判決3丁表)の構成は、甲第五号証発明の「管の内部にガスを供給して管内を旋回しつつ進行するガス流を生ぜしめ、管内に供給された塗料をこの旋回ガス流により管内面に吹きつけて塗膜を形成する」構成と同一であると認定し

5.前記の原理記載と、同じく甲第五号証の「第1図においては、塗料は加圧されることなく、いわゆるタレ流しの状態で支管3から管1内へ供給されているが、他の方法としては、塗料に圧力を加えて管内に設けられたノズルから塗料を噴霧状で供給し、これを支管2からの旋回ガス流に乗せて管1の内面に吹きつけて塗膜を形成させることもできる。」(二頁左上欄一七行ないし右上欄三行)の記載(原判決14丁表)(以下タレ流し記載という。)から、本件発明の構成(3)〈2〉「前記エポキシ樹脂塗料は旋回運動する圧縮気体により螺旋状に延びながら旋回して送出されるようになっていること」(原判決3丁表)の構成を認定(原判決14丁表から15丁裏)して

結局、本件発明は甲第五号証発明と同一であり、特許法第二九条の二第一項、同法第一二三条第一項第一号により無効であるから、本件発明は甲第五号証発明と同一であるとは認められないとした原審決の認定判断は誤りであるとして原審決を取り消したものである。

二.しかじながら、原審において被上告人が審決の取消事由として主張した事由は、原判決の事実摘示によってすら明らかなように、(1)甲第七号証及び甲第八号証に基づく被控訴人の主張についての判断遺脱、(2)進歩性についての判断の誤り(原判決5丁裏から6丁表)、(3)甲第五号証には「エポキシ樹脂塗料は旋回運動する圧縮気体により螺旋状に延びながら旋回して送出されるようになっているという塗膜形成の状況について何も記載されていない」との認定判断の誤り(平成三年六月四日付け原告第一回準備書面17頁、1行から5行)の三点であり、甲第五号証発明が本件発明と同一であるという主張はなされていないものである。

三.即ち、原判決の事実摘示には、取消事由(3)として先願発明との同一性についての判断の誤りを挙げているが、被上告人の原審における準備書面第一回から第五回までの主張は、いずれも本件発明技術の容易想到性と公知性に関する主張であり、特許法第二九条の二第一項の主張とは受け取れないものである。

成るほど、被告準備書面(一)の第一の二の釈明に対して、被上告人は特許法第二九条の二の規定違背の主張であると釈明しているが、右準備書面第二の一の主張に対しては全く反論はなく、第二九条の二の規定違背とする具体的な根拠の主張もなされないままとなっている。

また、原判決の事実摘示には、取消事由(3)の部分で甲第五号証には本願発明の構成(3)〈1〉、〈2〉の塗膜工程が記載されているものということができる、と被上告人において主張したこととされているが、そのような主張はなされていない。それどころか、上告人らが本件発明の特徴として主張した「エポキシ樹脂塗料は旋回運動する圧縮気体により螺旋状に延びながら旋回して送出される」構成については、「塗膜段階における塗膜形成の様子を作用的に述べたものに過ぎない。」(平成三年六月四日付け原告第一回準備書面10頁、9行から12行及び平成四年四月二三日付け原告第三回準備書面7頁、6行から7行)と繰返し主張して、その点に関する記載が甲第五号証にはないことを暗に認めているものである。

四.しかも、何回にもわたった準備手続においては、裁判所から甲第四号証(米国特許第三一三九七〇四号公報)における清掃工程は本件発明における清掃工程と同一であることを認めるか否かとの釈明と、「窒素ガス記載」について本件発明における清掃工程を開示するものではないかとの釈明があった程度で他の各記載についての釈明は全くなく、原判決の理由とされている事項については話題にすらされていない。

五.更に、原判決が本件発明の技術構成に対応する甲第五号証発明の技術認定根拠として挙示する「研掃記載」「窒素ガス記載」「原理記載」「エポキシ樹脂記載」「硬化剤記載」「噴霧時攪拌記載」「タレ流し記載」は「原理記載」の部分を除いて被上告人から具体的に主張されたことはなく、その基礎とされた証拠も容易想到性についての証拠として提出されたもので、上告人にはこれに関する防御の機会は全く与えられていない。

六.上告人は、裁判所からの甲第四号証(米国特許第三一三九七〇四号公報)における清掃工程は本件発明における清掃工程と同一であることを認めるか否かとの釈明と、「窒素ガス記載」について本件発明における清掃工程を開示するものではないかとの釈明を受けてこれを否認し、被告準備書面(四)(五)(六)及び乙第一号証、第二号証を提出したが、これについて原判決には事実摘示にも記載されず全く判断もされていないもので、原判決は民事訴訟法第三九五条一項六号に該当する理由を付さない違法な判決といわざるを得ないものである。

第二.原判決における次の事実認定は証拠に基づかず、社会通念にも反して行われたもので、明らかに自由心証の範囲を逸脱するものであり、民事訴訟法第一八五条に違反することは勿論、公平な裁判を受ける権利を保障する憲法第三二条にも違反するものである。

一.1.即ち、原判決は甲第五号証の「窒素ガス記載」から甲第五号証発明においては、「管の内面塗装に先立って窒素ガスで付勢された研磨剤で管内面を研掃することが予定されていること」を認定しているが、「窒素ガス記載」には「窒素ガスで付勢された研磨剤によって管内を研掃する工法」の具体的手段については全く記載されていないのである。原判決はこれをカバーするために「原理記載」と甲第四号証(米国特許第三一三九七〇四号公報)における清掃工程を引用しているのであるが、「管内を研掃する工法」は甲第四号証のほか甲第八号証の存在によっても明らかなように、甲第五号証発明出願当時既に多くのものが存在し、それぞれが特色をもっていたのである。

2.甲第五号証に記載された「管内を研掃する工法」が、これら複数の工法の中のどの工法かを特定する記載は甲第五号証にはない。原判決が引用する「原理記載」は塗装に関するもので、これがそのまま研掃に使用されるなどとは、何処にも書かれていない。現に甲第四号証においては研掃工程と塗装工程とでは別の方法手段を用いている。また、上告人は本件発明の研掃工程と甲第四号証の研掃工程が異なることについては原審において争っており、これらを結び付ける何の証拠もなく、抽象的に記載された工法の内容の認定にバラバラの証拠の部分を抽出して用いるのは自由心証の範囲を逸脱するものといわざるを得ない。

二.1.更に原判決は、甲第一〇号証の「エポキシ樹脂記載」と「硬化剤記載」、更に甲第八号証の「噴霧時攪拌記載」がら「水道管内を掃除してから主剤と硬化剤を混合したエポキシ樹脂塗料で塗膜することは、甲第五号証発明出願前において周知であったと認定し、したがって甲策五号証発明に記載された「塗料」には主剤と硬化剤を混合したエポキシ樹脂塗料が含まれ、本件発明における主剤と硬化剤を混合したエポキシ樹脂塗料と甲第五号証発明における塗料とは同一であると認定する。

2.しかしながら、「塗料」と記載されていれば、その出願前において周知であった何百種類もある塗料全部が含まれ、しかも、今度はその中のたった一種類のエポキシ樹脂塗料を抽出して、その塗料と同一だとする認定は、どう考えても社会通念に反するものといわざるを得ない。

エポキシ樹脂塗料は甲第一〇号証、甲第八号証によって明らかなように主剤と硬化剤を混合しなければ、塗料として使用できないものであり、しかも、混合の度合いによって粘度に相違を生ずる極めて特殊な塗料である。

3.明細書に使用塗料が特定されていなければ、塗料には種類によって様々な特性があり、特定の方法で使用しても一様の効果を期し得ないものであるから、その明細書の記載不備は明らかである(特許法第三六条三項)。

もし、明細書の記載から塗料の特定が不可能であれば、実施不能であるから、事実上無効となる。

したがって塗料の特定は明細書の記載から行わなければならないことは特許法第七〇条の存在からしても明らかなところである。甲第五号証発明の明細書について見れば、エポキシ樹脂塗料に必須の要件である主剤と硬化剤の混合形態、特性である粘度について詳細な説明にも図面にも、それを予定した記載は一切ないのであるから、甲第五号証発明の使用塗料は一液性の通常塗料と認定しなければ、特許制度の秩序は維持できなくなると言わざるをえない。原判決の右認定は特許制度を無視した違法なものである。

三.次いで原判決は、「原理記載」及び「タレ流し記載」には「いずれも旋回ガス流に乗って吹きつけられた塗料が霧状を呈することをうかがわせる記載は見い出せない。」と認定する。成るほど一旦吹きつけられ塗膜化した塗料が再び霧状になる筈はない。しかし、原審決の認定も原審における上告人の主張も、吹きつけられた塗料が霧状を呈すると認定もされていないし、主張もしていない。原審における上告人の主張は、旋回ガス流に乗る塗料の状態が霧状であると主張したもので原判決の誤解によるものとしか思われない。

四.更に原判決は「少なくとも塗料がタレ流し状態で供給され、ガス流に乗って塗装されるべき管の内面に万遍なく吹きつけられたとき、粘度の高い塗料の場合には、供給ガスの圧力の程度によって、旋回ガス流により螺旋状に延ばされながら旋回して送り出され、その結果、管の内面に万遍なく吹きつけられて塗膜を形成する場合もあるものと解される」とするが、一旦管の内面に万遍なく吹きつけられて塗膜を形成した塗料が旋回するとするのは、誰が考えても有り得ないことで自然法則を無視し社会通念に反したものと言わざるを得ない。

五.1.原判決は、上告人の甲第五号証発明は噴霧吹きつけ方式であるとの主張に対し、「塗料が噴霧状かタレ流しの状態でガスに乗るかについては限定はないから、供給された塗料がいずれも同じ状態で搬送されなければならないとする被告らの主張は失当である。」とし、本件発明における圧縮空気は7kg/cm2となっているのに対し甲第五号証発明は1kg/cm2となっているとの主張に対しては、甲第五号証発明における1kg/cm2は「最低の供給ガス圧力を示したものと解されるのであって、先願発明においても、本件発明の前記7kg/cm2の圧縮空気の圧力を排除するものでもなく、また、粘性の高い塗料の使用も排除するものでもないと認められる。」とする。

2.しかしながら、甲第七号証、甲第八号証、甲第一〇号証の存在によっても明らかなように、塗装方法を特定づけるものは、塗料の種類及び性質、対象物に対する供給形態、塗膜の形成状況であり、これによって能率、塗膜の耐用度、塗膜表面の形態などの効果に相違を生じてくるもので、これらが相違すれば別の方法を形成する筈である。

六.1.塗料が噴霧状態でガスに乗るのと、タレ流しの状態でガスに乗るのとでは、能率、塗膜の耐用度、塗膜表面の形態が全く相違することは社会通念に照らして明らかである。

2.また、搬送圧力が相違し、粘度の違う塗料を使用すれば、手段的にも効果的にも全く違う形態となることは明らかで、甲第五号証発明が発明の内容が特定されない無効な出願であると解さない限り、右のような認定は有り得ないものである。

3.なお、甲第五号証発明における1kg/cm2の記載は「供給ガスはそれほど高圧である必要はなく、たとえば1kg/cm2程度の圧力であっても、きわめて短時間に長尺管の他端まで塗料を搬送して、管の全内面に塗装することができる。」(二頁右上欄四行ないし7行)というものであって最低の供給ガス圧力を示したものと解する余地など全くないものである。

七.特許法第二九条の二第一項は先願の明細書又は図面に記載された発明と同一であることを前提としており、先願の明細書の詳細な説明の項を参照するのはともかく、つながりのない別の書面の記載を参照しなければ、その内容の記載を理解できないものが、何故、技術開示になるのか到底理解し得ないところである。

第三.原判決は甲第五号証の発明を少なくとも二つ以上の発明内容として認定して本件発明との同一性を認定したもので、昭和六二年改正前の特許法第三八条第一項に違反するものである。

一.甲第五号証の発明は、昭和五三年三月二九日出願にかかり、発明の数1として出願されたものである。

したがって、昭和六二年改正前の特許法第三八条第一項による「一発明一出願の原則」の適用を受けるものであり、しかも、発明の数1として出願されたものであるから、甲第五号証の記載から二つ以上の発明内容を認定することは明らかに昭和六二年改正前の特許法第三八条第一項に違反するものである。

ところが、甲第五号証発明について一発明の範囲でしか認定できない筈であるとの上告人の主張に対して原判決は、「塗料の搬送方法は管内ヲ旋回しつつ進行するガス流に乗せる方法と解されるが、塗料が噴霧状かタレ流しの状態でガス流に乗るかについては、限定はないから、供給された塗料がいずれも同じ状態で搬送されなければならないとする被告らの主張は失当ある。」(原判決16丁表最後から3行目から同丁裏2行目)との解釈を行い、甲第五号証の記載から敢えて二つの発明を認定しているのである。

二.即ち、塗料が噴霧状態でガス流に乗るのと、タレ流しの状態でガス流に乗る(社会通念としてこんなことは有り得ないが、仮にあるとすれば)のとでは、方法的にも効果的にも異なることは明らかである。したがって、塗料が噴霧状態でガス流に乗る発明とタレ流しの状態でガス流に乗る発明とは別発明であり、甲第五号証は一発明についての一つの出願であるから、右の二つの発明を甲第五号証の内容として認定するのは昭和六二年改正前の特許法第三八条第一項に違反するものである。

三.更に原判決は「先願発明においても、本件発明の前記七kg/cm2の圧縮空気の圧力を排除するものではなく、また、粘性の高い塗料の使用も排除するものでもない」(原判決17丁表2行目から4行目)とする。塗料の粘性の高低が塗装技術に大きな影響を与えるであろうことは素人にも理解できるところであり、塗料の搬送圧力が七倍になれば塗装方法として別個の作用効果を持つことになるであろうことも、社会通念として是認されるものである。

これらが、いずれも別個の発明を構成するものであることは疑う余地のないところである。

第四.原判決は、特許庁による原審決を違法性を理由とせず、行政庁たる特許庁の専権に属する技術的範囲の認定誤認を理由として取り消し、更に証拠に基づかない一方的な技術的範囲の認定を行って、行政庁による行政行為たる設権行為を規制し、しいては、憲法第二九条によって保障された上告人の財産権たる特許権を正当な手続によらず一方的に剥奪しようとするものであり、憲法第六五条、第二九条に違反するものである。

第五.原判決は、原審訴訟手続において、全く攻撃防御の対象とされなかった甲第五号証の記載を理由として、上告人にはこれに関する釈明の機会も与えず、これを支持する証拠もないまま一方的に独自の認定を行って上告人に不利な判決を行ったものであるから、正当な裁判手続による裁判ということはできず、憲法第三二条によって上告人に保障された裁判を受ける権利を侵害するものである。

一.特許発明の技術的範囲は、明細書の請求範囲の記載に基づいて定めなければならないことは、特許法第七〇条に明記されているところである。

ところが、原判決における甲第五号証発明の技術的範囲の認定は、明細書に記載されていないことを理由として、その技術的範囲を違法に拡張しているもので、裁判が法律に基づいて行われなければならないとする基本的要請が無視されている。

二.即ち、甲第五号証には、その発明に用いる塗料の種類については何ら記載されていないことは、原判決も否定し得ない事実である。ところが、原判決は甲第五号証発明の使用塗料を、何ら脈絡のない甲第七号証、甲第八号証、甲第一〇号証(いずれも甲第五号証発明とは関係のない別発明の特許公報である)によって一方的にエポキシ樹脂塗料と断定し、塗装方法を特定する基本的要素である塗料の搬送形態、塗料の粘性度、塗装能率(時間)について、甲第五号証に何ら記載のないことを理由として、如何なる塗料の搬送形態、塗料の粘性度、塗装能率であっても、その技術的範囲に属するとしているのであって、明示の記載によって法的安定性を維持すべき法治主義の原則が無視されたものと言わざるを得ず、このような原判決の判断は国民の一般的期待を裏切る条理外の判断といわざるを得ない。

以上

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